木頭の歴史

木頭は西日本第二の高峰であり日本百名山の一つである剣山など標高1,000mを超える山々に囲まれ、那賀川が中心を流れる山間地域です。昔から林業によって生活を営んできました。那賀川の下流地域まで材木を搬出し、木材と那賀川によって繁栄してきた歴史があります。現在では日本唯一の太布織(タフオリ)の技術が残る地域でもあります。コウゾの皮から糸を紡いで織られた古代布のことで、万葉集にも登場するこの「太布」は、歴史上最古の布と言われ、江戸時代に急速に木綿が普及するまでは、全国で作られていました。地元の有志が集まって太布の伝承を受け継いでいます。代々受け継がれてきた自然との共生、木頭文化の発展に取り組んでいます。

木頭の由来

豊かな自然に囲まれ、下流域の発展の礎となった木頭。古くから那賀川下流地域の城郭・殿堂の建築用材に使用する良材を搬出していたことから「木の頭(かしら)」の意味として木頭(きとう)と呼ばれるようになりました。昔から林業の盛んな地域であり「木頭杉」は良材として地域の人々の生活を支えてきました。

木頭の川

徳島県那賀郡那賀町木頭北川の剣山山系次郎笈(ジロウギュウ)に源を発し、高の瀬峡を経て太平洋へ流れ込見ます。山並みを蛇行しながら流れる景色は125km にわたり徳島県一の長さです。奥深い森林が豊かな水源を守り「緑と清流の里」と呼ばれています。アメゴやアユの漁の解禁シーズンには多くの渓流釣りファンが訪れる人気スポットとして知られています。那賀川の清流は昔から地域の人にとって生命の源です。豊かで広大な森林の緑と共に幼い頃から親しみを持ち共生しています。

木頭の山

木頭は「四国のチベット」と呼ばれています。北は剣山山脈、南は海部山脈にはさまれ、1000m以上の高山が20 近くも連立しています。秋には美しい紅葉の名所として、日本の紅葉百選に選定された「高の瀬峡」を中心に紅葉の美しい地域です。紅葉シーズンは登山者を含め多くの観光客でにぎわいます。

木頭の人

山間地域であることから自然との共生を軸に発展してきました。地域の結束は強く、助け合うことが日常で、あたたかくやさしさを感じる人々に触れ合うことができます。方言の中で、名前のあとに○○にー(兄)、○○ねー(姉)などの呼称をつけることからも、地域の人はみな家族であるという思いがあります。村の歴史をつづった村誌には、「村の姿を後世に伝えたい」「子供たちの心に郷土愛を育てたい」などの想いが綴られており地域を思う強い気持ちを受け継いでいる村です。

木頭の柚子

木頭は冷涼で昼夜の寒暖差が大きく、降水量も多い非常に農業生産に適した気象条件であるため、昭和42 年頃より本格的に柚子の栽培に取り組み始めました。木頭果樹研究会を中心とした農家のたゆまない努力が実を結び、昭和53 年に農業の発展と地域社会の向上の功績が認められ「朝日農業賞」を受賞しました。この受賞により「木頭柚子」は全国に名が知れるようになりました。平成29 年には農林水産省より地理的表示保護制度であるGI マークの登録がなされました。